日本維新の会が本拠地・大阪の首長選で敗北が続き、存在感が問われる事態となっている。地域政党「大阪維新の会」公認の候補者が、4月の豊中市長選に続き、9月6日投開票の交野市の市長選で現職に敗れた。現職との一騎打ちで、吉村代表ほか、国政政党・日本維新の会の藤田共同代表、そして交野市を地盤とする中司幹事長(当時)らの幹部が応援に入ったにもかかわらず、敗北。接戦に持ち込むどころか、得票数は当選した現職の6割にも満たなかった。
敗因について、他党からは、改革をアピールして支持を広げてきた維新が、清新さがほとんど薄れ、国政で連立政権入りしているように、まさに「既成政党化」していることが影響しているとの声もある。維新も存在感が薄れ、党自体が曲がり角にあるといっていいのではないか。
現職がマンネリ化した多選候補者や、何らかの失政を犯した候補者ならともかく、継続でいいのか?、刷新する必要があるのか?本来、地域の事情に根差した、きめ細かい政策が求められる首長の座奪還は容易ではない。
そもそも維新は、「身を切る改革」のキャッチフレーズ以外に、何か斬新な政策やマニフェスト(選挙公約)で党勢拡大してきたわけではない。その維新が本拠の大阪で断行したことは、地域住民に不便さを強いる形での医療機関の統廃合、学校の統廃合、クラシック音楽振興団体への補助金のカットなどによるコスト至上主義に基づく運営だ、
これら行き過ぎたコストカットの横行で、大阪が保有していた歴史的なさまざまな文化遺産が失われた。詳細を知らされないまま、財政状況の改善のみが強調され、維新政治のサクセス・ストーリーとされてきた。
地方選の維新の戦い方は候補者が、街宣車で政策を訴えることはほとんどなく、”身を切る改革”で成果を上げてきた「維新の○○○○○です」のみを繰り返すケースがほとんど。それでも、野党の無策ぶりと、”思考停止”状態の、眼を瞑(つむ)った有権者に助けられ、維新政治が続いてきたわけだ。
維新はこれまで、平成22年の結党以降、大阪府内で強固な地盤を築いてきた。その結果、大阪維新は吉村氏を筆頭に府内首長の約4割にあたる計18人の公認首長を擁している。今こそ、眼(まなこ)を見開いた有権者の賢明な選択で、維新政治の功罪を検証してほしいものだ。